イベント情報
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終了第38弾企画 シンポジウム
教育データとは何か:九州大学における活用事例から考える可能性と課題
2026.02.10
2月10日に人社系協働研究・教育コモンズの第38弾企画シンポジウム「教育データとは何か:九州大学における活用事例から考える可能性と課題」を開催いたします。
教育データは,学生の学びの過程や授業の実態を可視化し,教育の質を高めるための重要な手がかりとなります.本講演では,九州大学においてMoodleなどの教育支援システムを通じて蓄積される教育データをどのように収集・分析し,授業改善や学習支援に活かしているのかを具体的に紹介します.さらに,AIを活用して学習状況を分析し,個々の学生へのフィードバックや早期支援につなげる試みを取り上げ,教育データの活用がもたらす学習環境の変化と,その推進にあたって直面する技術的・制度的な課題について考察します.
▶ 日時:2026年2月10日(火) 14:00~17:00
▶ 開会挨拶:内田誠一(本学理事)
▶ 話題提供:
島田敬士(システム情報科学研究院 情報知能工学部門 )
「教育データとは何か:九州大学における活用事例から考える可能性と課題」
▶ ディスカッサント:
田口 武史(人文科学研究院)
田上 哲(人間環境学研究院)
成原 慧(法学研究院)
菅 史彦(経済学研究院)
▶ コーディネーター:
山田 政寛(データ駆動イノベーション推進本部)
▶ 司会:
西村友海(法学研究院)
▶ 場所:九州大学伊都キャンパス E-C-203会議室
オンライン会議形式(Zoom)
▶ 主催:
九州大学人社系協働研究・教育コモンズ
九州大学データ駆動イノベーション推進本部
▶ 共催:
九州大学アジア・オセアニア研究教育機構
九州大学社会連携推進室 科学コミュニケーション推進グループ
▶ 後援:
教育システム情報学会
九州大学法文学部創立100周年記念事業実施委員会
参加申し込みは下のフォームからお願いいたします。ご登録いただいたメールアドレスに、シンポジウム前日、開催場所のURLをお送りいたします。
参加記
シンポジウム「教育データとは何か:九州大学における活用事例から考える可能性と課題」参加記
九州大学大学院法学府 松瀬萌々香
2026.02.20
教育に関するデータは、データサイエンスの文脈にとどまらず、教育、法、倫理、経済学等様々な領域において利活用が可能な資源である。その用途が多様であると同時に、生じうる課題も多岐にわたるため、教育データの利活用は、可能性の拡張と同時に、慎重な制度設計と倫理的検討を要する領域でもある。
本参加記では、2026年2月10日に開催されたシンポジウム「教育データとは何か:九州大学における活用事例から考える可能性と課題」の概要を整理し、感想を述べる。
■ 基調講演
島田敬士先生(システム情報科学研究院 情報知能工学部門)から、教育データ活用の成果と可能性、そして現実と課題についての講演が行われた。
本シンポジウムで射程とされた「教育データ」は、①授業や学習の実践にかかわる「教育学習活動データ」、②学生の不安や困りごとに応答するための「教育活動支援データ」である。
メゾレベルの活用方法として、moodleのアクセスデータを可視化したチャートにより、学生が活動時間記録を確認できることが挙げられた。ここでは、自身の学習時間の客観視だけでなく、他の学生の平均学習時間や時間帯を確認することで、自身の学習行動を相対化し、学習改善への動機付けを得ることができる。また、この教育学習活動データをもとに、AIによる早期成績予測やドロップアウト予測も可能である。
個人レベルにおいては、手書きノートの分析への活用が挙げられた。情報処理技術を用いて学生がmoodleにアップロードしたノートの写真を分析すると、元の教材とノートの記述の対応関係を抽出し、個人レベルでの学習状態の把握が可能である。
さらに組織レベルでも、教育データの利活用は可能である。開講される全ての授業のシラバスデータを分析し、各授業の類似性や接続関係を明らかにすることによって、大学全体で把握することができるようになる。また、これを個人レベルでの学習最適化、授業レベルでの俯瞰も可能である。
このような利活用方法が挙げられる一方で、検討すべき課題も提示された。教職員や学生の多くは、様々な目的で生成AIを利用している。しかし、個人で利用しているチャットは、多くの場合大学が提供するチャットではない。個人が利用するチャットは大学側が関与できないため、注意喚起やリテラシー教育を行う必要がある一方で、大学が提供するチャットボットには、ユーザーのログが蓄積されていくため、大学はそれに対する説明責任や改善責任を果たさなければならない。大学の提供する生成AIは、一般に広く利用されている生成AIとは目的やログの扱い等が異なることを理解したうえで、そのデザインや制度設計につき、継続的に議論される必要があるとして締め括られた。
■ パネルディスカッション
基調講演を受け、人文社会科学系学部に所属する4名の先生から、さらなる視点の提示と論点の拡張が行われた。
田口武史先生(人文科学研究院)からは、教育学習データを利用したドロップアウト予測についての懸念の表明があった。学生のドロップアウトの理由によって、教員や大学、医療機関の関与の在り方が変わってくる。このドロップアウト対応に教育データを活用し、システマチックにしすぎた場合、本来あるべき人間との細やかな関わりが減少してしまう可能性が指摘された。
菅史彦先生(経済学研究院)からは、moodleで収集された教育データを用いた研究の紹介があった。学生が書く感想や振り返り(表明選好)だけでなく、moodleに蓄積されたログやデータなど、学生の実際の学習行動やアクセス記録(顕示選好)を評価することができるという点が、教育データ活用のメリットである。加えて、moodleに蓄積された教育データを利用することで、学生の学習に対する評価をより公平なものにするための探求が必要であると述べられた。
成原慧先生(法学研究院)は、個人情報保護法の視点から、教育データの利活用に関する課題を指摘された。個人情報の取得の際、個人情報保護法上特に注意が必要なのは、同意取得でなく利用目的の限定である。個人情報取扱事業者は、個人情報を取得する際、利用目的を特定し、本人に通知するか公表する必要がある(個人情報保護法21条)。そのため大学も、何のために教育データを収集するのかを学生に説明する必要がある。特にドロップアウト予測においては、学生のケアのためばかりでなく、教育資源の節約のための選別に利用される可能性もあり、不適正な目的で教育データが利用されないように注意しなければならない。
田上哲先生(人間環境学研究院)は、学生のデータ収集が、学生の着目対象におけるシフトチェンジを促進することについて指摘された。従来の学校での体験から、「教師からの良い評価」を求める学生は、本来着目すべき学修対象ではなく、成績や評価主体である教師へとそのまなざしを移す。AIが台頭してくる時代においては、こういった評価主体に着目する学生よりも、学修対象を直接見ている学生のほうが重要な存在になるとして、今後の学生育成の方向性について示唆された。
パネルディスカッション終了後、フロアからは実際の教育データ利活用事例、教育データを用いた個別化教育の是非等についての質問が寄せられた。
■ 感想
私は博士後期課程で医療等情報をテーマに研究している。本シンポジウムで提示された教育データの諸問題は、医療等情報の議論と構造的に重なるものであったように感じられた。
シンポジウムで数回触れられたが、教育学習活動データの中には学生自身の感想や振り返り等の、いわゆる自己申告のデータが含まれる。これは医療等情報の領域でもたびたび登場するPHR(personal health record)に類似している。医療機関を通してではなく、個人が自己申告するデータをPHRと呼称するが、このPHRの内包する問題点として、「盛ってしまう」ことが挙げられている。本当はジャンクフードを食べたにもかかわらず「健康的な食事をした」というデータを自己申告してしまう場面などは、想像に難くない。こういった事情があり、PHRは信頼性に課題があると評されることもある。こうした表明選好タイプの教育データやヘルスデータにおいて、個人は自らの表明によって、「こうである」自分でなく「こう見られたい」自分のデータを構築する。このズレの持つ意味は、医療と教育において異なるが、構造自体の類似性はあるだろう。
また、個人が自らのヘルスデータを提供するとき、そこには「見返り」と言えるようなメリットが存在する。例えば月経トラッキングアプリLunaLunaでは、利用者は月経と周辺データを提供する。アプリ側は集約したデータから月経予定日を利用者に提供するが、それに加えて、データをもとに研究を進め、定説と呼ばれていた月経周期の学説を覆す結果を出し、学術的な進展をもたらした。こういったある種の見返りは、教育データにあるのだろうか。学生はデータを提供し、形式上のメリットでなく実質上のメリットを得られるのだろうか。あるいは互恵的関係でなく、学生の利他心に依存したデータ提供なのだろうか。
教育データの利活用は可能性に満ちているが、その価値は、データの提供者にとっての意味や還元の在り方が丁寧に設計されてこそ初めて実質化するようにも感じられた。